縄文杉
雨の粒が、森の時間をほどいていた。
初日は、すべてが濡れていた。
苔も、土も、空気さえも。
声を潜めたような森の奥で、ただ滴る音だけが、
幾千年という長さを刻み続けていた。
屋久島の雨は、天から降るのではなく、
森そのものが呼吸して滲み出すものだと思う。
その湿りの中で、縄文杉は動かない。
そこに対峙する人の一生など、
ひとしずくにも満たぬ速さで流れて行く。
そして二日目。
奇跡のように、光が差した。
この島では稀だという朝日が、
枝の間を縫い、幹の深い皺に入り込み、
まるで時間の化石に火を灯すようだった。
縄文杉。
樹齢は二千年とも七千年とも言われるが、
正確な数は、もはや意味を持たない。
測ろうとする側の時間が、あまりにも短すぎるからだ。
朝の光に照らされたその姿を見上げたとき、
ふと、自分の時間が透けて見えた。
急ぎすぎていたこと。
悩みすぎていたこと。
握りしめていたはずのものは、
いかにも軽く、そして脆い。
縄文杉は、何も語らない。
ただそこに在るだけなのに、
帰り道、背中に感じた水と光と太古の息吹、
それはきっと、縄文杉が旅人ひとりびとりに授ける、
千年の祝詞だったのかもしれない。
縄文杉@屋久島


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