海水浴場
立石山(209m)は、糸島半島の突端に位置し、玄海国定公園に指定された景勝地にある。
山の麓、芥屋海岸や芥屋の大門を訪れる観光客は多いのだろうが、立石山へ登る人は多分あまりいない。
山腹の多くの岩は山名通り、天に向かって立っていて、実際には岩場も多く、登るのは結構ハードな山である。
遠い昔、例えば百道の海水浴場、自家用車もない時代、電車やバスを乗り継いで行ったのだろうか。
当時のその海も海の家も決してきれいとは言えなかったと記憶するが、昭和の海水浴場といえば、ビニールの浮き輪が砂に転がり、麦わら帽子が風に舞い、売店ではかき氷と焼きそばの色と香りが、はしゃぐ子ども達の声に混じっていた。
パラソルも派手な柄はなく、木製の更衣室の隙間から差し込む陽の光が、どこか秘密めいていた。
せいぜい貝殻を拾ったり、波打ち際で砂の城を作ったりはしたが、海は基本ただ「泳ぐ」ための場所であり、足につく砂を払いながら帰るのが、夏の終わりの儀式だった。
それが今、同じ海岸線が、まるで外国の避暑地のように装いを変えている。
白いウッドデッキのカフェ、リクライニングチェアに座る女性の片手にはカクテルや冷えたスパークリングワイン、レンタルのサーフボードやカラフルなSUPボードが太陽の下で眩しく輝いている。
海の家は、もう「家」というより海辺のリゾートラウンジだ。
BGMに流れるジャズやボサノヴァが、波の音に溶けていく。
けれど、波打ち際に立ったとき、胸の奥に広がる感覚は変わらない。
潮の匂い、足元に寄せては返す波、そして、ふと遠くを見つめてしまうあの瞬間がある。
きっともう海に入ることはないだろう。
自分の中に、二つの夏が静かに寄せては返していく。


0 件のコメント:
コメントを投稿
登録 コメントの投稿 [Atom]
<< ホーム