2026年4月4日土曜日

花吹雪

母は99歳、施設で静かに日々を過ごしている。

肺の機能が徐々に低下し、今は医療用の酸素濃縮器が手放せない。

「気力があるなら、桜を見に行こうか。」
そう声をかけてみた。

携帯用の酸素ボンベに替えて、車椅子で外へ――
少し手間はかかるが、母の中で止まってしまった季節を、
ほんの少しでも動かしてあげられたらと思った。

施設は公園に隣接していて、よく整備された広い場所だ。
桜は多くはないが、毎年きれいに咲く。
窓からは春の気配が感じられ、体調がよければ散歩もできる。
一年前、この場所を選んだ理由のひとつでもあった。

けれど今は、自力で立ち上がることもできず、
窓を開けることも、ベッドのまま外を見下ろすことも叶わない。

少しだけ考えるような間があって、
返事は静かな「いいえ」だった。

気丈夫で我儘だった母が、
最近は面会に行くと、顔を見るなり涙を浮かべる。
「誰も会いに来てくれない」と言う。
父も兄もすでに亡く、
同級生や親戚、ご近所の顔ぶれも、もうほとんどいない。
日常的に訪ねる者は、私くらいのものだ。
(遠くに住む孫や曾孫が、年に数回顔を見せてくれるのが救いではあるが)

周りを見渡しても、
終末期の治療の話や看取りの話、
伴侶を施設に預けざるを得なくなった等という
人生の終盤の話ばかりが、
現実として聞こえてくるようになった。

人の一生とは、なんと儚く、そして切ないものだろう。

この週末、桜はきっと花吹雪になるだろう。


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