左右が迷
創作座右の銘シリーズやっと第3弾。
「左右が迷」。
人間とは、無駄に齢を重ねても座右の銘さえ決めきれないで、一生欲にまみれて迷路を彷徨うような存在であるということ。
(~ 喰うかい?:774~835 平安時代の僧空海から教えを受けても迷いから脱却できなかった凡弟子の一人)
(参考:座右の銘)
「坐」も「座」も「座る」には違いないが、「坐」は座る動作そのものを指し、「座」は座る場所を表している。
「座右」は「身近なところ」を意味し、「銘」は「金属や鉱物などに刻み付けた文字」の意。
後漢時代の詩人崔瑳(さいえん)が自分を戒める句を綴った「座右銘」を、空海が「崔子玉座右銘」として書き写したとされる。
人間の生き方や真理戒めなどを簡潔にまとめた文章や語句のことで、歴史上の偉人などの言葉や故事成語、四文字熟語などが使われるが、これさえなかなか決められない。
(画像:Bing Image Creator)
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