蕎麦前ひな
今月の蕎麦会「蕎麦前ひな」。
そぼ降る雨の中、ここは博多区御供所町に位置する、日本酒と十割蕎麦のお店。
むらた出身の大将による、九州産の蕎麦を店内の石臼により自家製粉した十割手打ち蕎麦屋さん。
蕎麦前一品料理メニューも豊富で丁寧美味。
お目当て蕎麦にやっと辿り着く。
それにしても、たらふく飲み食べ過ぎか。
蕎麦前ひな@博多区御供所町
今月の蕎麦会「蕎麦前ひな」。
そぼ降る雨の中、ここは博多区御供所町に位置する、日本酒と十割蕎麦のお店。
むらた出身の大将による、九州産の蕎麦を店内の石臼により自家製粉した十割手打ち蕎麦屋さん。
蕎麦前一品料理メニューも豊富で丁寧美味。
お目当て蕎麦にやっと辿り着く。
それにしても、たらふく飲み食べ過ぎか。
蕎麦前ひな@博多区御供所町
街角ウォッチング「ガーデンシクラメン」。
福岡市天神、国体道路沿い。
アスファルトの照り返しの中に、ふいに現れた赤いハート。
この時、気温は23℃。
壱枚脱いだ肩に、少しだけ軽い風。
季節は、理屈ではなく体温でわかるものだと知る。
春はいつも、大きな音を立てずに来る。
気づいた人から、少しだけやさしくなれる。
一方で、
「花を愛でる喜び」と「散る定めを知る悲しみ」も同時に在る。
梅や桜の開花情報に、
西行的寂寥をも感じながら・・・。
鼓動とは 見えぬ色なり 風ぬるむ
見るほどに 見えぬものこそ 春の色
風吹けば 色あるものも 影となる
〜 腐阿魔多難禍
今日の楽器「バイオリンベース」。
あるお店で触らせてもらったベースギター。
懐かしいフォルムは、ビートルズのポール・マッカートニーが愛用したことで知られるヘフナー(Höfner)社のバイオリンベースをモチーフにしたモデルで、これは、日本の楽器メーカーグレコ (Greco)製のバイオリンベース(VBシリーズ) のようだ。
イカン、見た目で惹かれる軽薄な性格で、所有願望が頭をもたげてきた。
そういえば、今更ながらポールのベーシストとしての才能にも憧れるし、興味も多ありだ。
しかし何にせよ中古品や安物買いはリスク大、特にギターはネックのそりやフレッド音痴だったりと、素人には問題も多い。
又無理難題を抱えることになる可能性大なので、研究や勉強や練習は良いとして、購入はいったん立ち止まる冷静さが必要だろう。(でも欲しいw)
World Music Cafe HiLo@早良区田村
一昨日の誕生日祝い「白寿」。
一昨日、母は「白寿」を迎えた。
九十九歳。
白に一を足せば百になる、その一歩手前の年齢である。
久留米では知られた老舗、銀のすぷーん 久留米シティプラザ店。
無人販売と喫茶を併設して、静かにリニューアルしていた。
選んだのは、いちごのカップケーキ。
一見ささやかだが、これでも税込九百四十円。
ホールは食べきれない。
キャンドルを九十九本立てても、吹き消す肺活量はもうない。
週に何度か、雨の日も槍の日も、
洗濯物や間食を大きなバックパックにこれでもかというほど詰め込み、
坂を上り下りしながらクロスバイクで施設へ向かう。
ショートケーキでは、きっと途中で形を失う。
だから、この選択になった。
キャンドルはハッピーバースデーの音楽付き、
Seriaで調達した百円のささやかな祝砲である。
普段は和菓子を好む人だが、
その日は意外にも、ぺろりと平らげた。
帰り際、柄にもなく言った。
「来年は百寿だね。」
そのとき、久しぶりに、確かな笑顔を見た。
今日の言葉「行雲流水」。
「大略如行雲流水 初無定質 但常行於所当行 常止於所不可不止 文理自然 姿態横生」
出典:宋史(蘇軾伝/諸説あり)
物書きの真似事を始めて、気づけば幾十年。
文章とは、空をゆく雲のように、流れる水のように——
あらかじめ定まったかたちを持たず、
ただ、行くべきところへ赴き、
とどまるべきところに静かに収まるものだという。
しかし現実には、その流れはしばしば淀み、
滞り、ときに干上がりさえする。
禅語としての「行雲流水」においては、
雲は自在なる漂泊であると同時に、
ときに悟りを遮る覆いでもあり、
水はまた、ただ身を任せる流動ではなく、
めぐり続ける輪廻の相をも帯びているのだろう。
書くという営みも、
生きるという営みも、
ついぞ思い通りにはならない。
——それでもなお、雲は流れ、水は行く。
イマドキの「高額医療・高額介護合算療養費」。
私の知人には私を除いてブルジョアジーが多く、数億の遺産を相続したとか、相続対策でビルや一戸建て借家を何軒も建てたとか、遺産相続で揉めているとか、故郷を離れて持ち家やマンションで暮らしていたが定年を機に故郷福岡に終の棲家をもう一軒新築したとか、親の年金をギャンブルで使い込んだ?とかの輩が多い。
翻って我が家はどうか。
実家の郵便受けに来るのは、ほとんど介護施設や訪問診療所や薬局やリハビリ施設等からの請求書ばかりである。
母の郵便貯金通帳は、よくもこんな曲芸ができるなと感心するほどの綱渡りショート寸前で、「引落しができませんでした」の通知が来るのも時間の問題である。
ただ、日本には「高額療養費制度」があって、医療機関や薬局等の窓口で支払った医療費等が自己負担限度額を超えた場合に、その超えた部分が医療保険と介護保険によって払い戻しされるのはご存知のとおりである。
が、今回朗報 ❣
抽選に外れた人にもう一回ラッキーチャンスみたいな通知が届いていた。
「高額医療・高額介護合算療養費」支給申請通知である。
何でも「高額療養費」「高額介護サービス費」が月ごとの自己負担額を抑える制度なのに対し、これらの制度を利用してもなお負担が重いときに、年ごとに自己負担額を軽減できる制度だそうだ。
計算の仕組みや根拠は俄かにはよく解らないし、この際金額の多寡は置いといて、日本の社会保障制度は捨てたもんじゃない、と評価しておこう。
それにしても、我等後期高齢者の存在に輪をかけてその親である超後期高齢者の存在、申し訳ありません 💦