ファーマータナカのデイリーブログ
2026年7月8日水曜日
2026年7月7日火曜日
耳納連山
筑後再発見シリーズ「耳納連山」。
週に何度か、この道を走るたびに耳納連山を見上げる。
明星山、高良山、グライダー山――。
歩いた尾根や立ち止まった景色が、霧の向こうから静かによみがえる。
同時に、豪雨で山肌が崩れ、田畑が水にのみ込まれた光景も忘れることはできない。
自然は恵みを与えるだけでなく、ときに人の暮らしを容赦なく試す存在でもある。
それでも梅雨の雨は、すべてが災いではない。
雲が切れると、水を張った田んぼは空を映し、若い稲は雨粒をまとっていっそう鮮やかな緑を放つ。
霧に霞む山々も、どこか呼吸を整えているように見える。
山は黙ってそこにあり、田は黙って季節を受け入れる。
そして人は、その間で今日も田を耕し、道を走り、暮らしをつないでいく。
雨を恐れ、雨に感謝しながら。
2026年7月6日月曜日
2026年7月5日日曜日
バス
今日の通勤「バス」。
世の中人手不足と言われるが、一方で意外に高齢者の働き口が少なかったり、又職場から年齢による雇い止めの通告があったりするケースもあるという。
この歳になっても来てほしいとお声がかかるだけでもありがたいことである。
それはよしとして、ここ数年の雨の降り方は尋常ではない。
今までは、大雨が降ろうと大槍が降ろうと、傘さし運転で何とか凌いできた。
だが、道交法改正で傘さし運転は禁止罰金、それ以前に高齢者故危険度も高い。
もちろん頑張って歩いてもいいのだが、この雨ではレインウェアを羽織っていてもその仕打ちは容赦ない。
でバスであるが、仮住まいの実家は市内の幹線道路から離れており、職場も同様で、乗降バス停からは少し距離がある。
それは我慢するとして、何しろバスの本数が30分に1本位と、少ないのである。
あと路線バスは、時刻表より早く通過することはないと思うが、大幅な遅延は結構あるので要注意。
ただバーコードによる接近情報、「駅すぱあと」「西鉄バスナビ」等アプリで、昭和時代に比べるとホントに便利な世の中にはなり申した。
2026年7月4日土曜日
しのわ
飲食店探訪「しのわ」。
暖簾は布ではない。
その人が積み重ねた歳月であり、譲らなかった信念であり、迎え続けた客との約束である。
豚骨王国・久留米で、無化調の醤油ラーメンという細い道を24年間歩き続けた。
誰も歩かない道だからこそ、その足跡は深く残る。
私が40数年前飲食店を始めた頃から顔見知りである店主。
酒を知り、ワインを知り、味を知り、人を知る方であった。
昨日のぞいた店は、暖簾を下ろすと聞いて別れを惜しむ人が絶えなかった。
人気店だからではなく、誠実に生きた人の最後を見届けたいという、お客さん一人ひとりの想いだったのであろう。
暖簾は下りても、その志まで下りることはきっとない。
24年間、本当にお疲れ様でした。
〜お店に立ち続けることの苦労と喜びを知る一元同業者、そしてこよなくお酒を愛する一仲間からのメッセージとして
2026年7月3日金曜日
スープ
今日の献立「コーンポタージュ―スープ」。
ねえ、温かいスープの様に 君への思いも冷めるのかな?
ねえ、君の一部になりたいと願う 僕はやっぱ欲張りかな
冬の空吹く風は ふと 人肌恋しくなる
空しさなんてないと云うが 誰かを思い出す
〜 「Soup」 by Mrs. GREEN APPLE
やっぱりこっちだ。
椅子に座って爪を立て 莢えんどうのすじをむく
莢がわたしの心なら 豆は別れた男たち
みんなこぼれて 鍋の底
煮込んでしまえば 形もなくなる もうすぐ出来上り
あなたのために Chinese soup
今夜のスープは Chinese soup
〜 「チャイニーズスープ 」by 新井由実
基本一人での外食はしない。
自炊の定番ローテンション献立は精々十数種類程度で、左程多くないのでいいかげん飽きてくる。
汁物を作る時は具はともかくやはりお味噌汁が多い。
何か材料はないかと、調理関係が入った段ボール箱を漁ってみたら、恐ろしく古く賞味期限も見えないくらいのコーン缶とトマト缶が出てきた。
で同じく薄汚れた母のミキサーを引っ張り出して、スープを作ることにした。
まあまあの出来である。
手嶌葵の「CHINESE SOUP」
2026年7月2日木曜日
半夏生
七月二日。
昔の暦ではこの頃を「半夏生(はんげしょう)」といい、田植えを終えた農家がようやく一息つく節目だ。
「ここまでやったら、少し休もう。」そんな季節の知恵が、暦の中に静かに刻まれている。
翻って現代はどうだろうか。
この歳になっても、スマホを閉じても仕事のことが頭をかすめ、昼夜を問わず誰かの投稿が流れ、休んでいるつもりでも心と頭は動き続けている。
より効率を追い求める時代になっているが、人間の心は昔とそれほど変わってはいないとも思える。
自然は、走り続けることよりも、立ち止まることを教えてくれているようだ。
一年の折り返しを少し過ぎた今日のこの日、残り半年を走り切るためにも、ほんの少しだけ歩みを緩めてみてはどうか。
休むことは怠けることではなく、また前へ進むための準備なのだから。
と云いながら、これを書いている。
仕事にも人間関係にもそして自分にも、「ここまで」と決める知恵が、案外いちばん難しいのかもしれない。




